どっとこうMOTTO

電子書籍『After』(全2巻),BookLive!(http://booklive.jp/product/index/title_id/116980/vol_no/001),紀伊國屋書店(https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-EK-0012917)などで好評発売中。

【せろん】あっちが出ればこちらは飛び出る

電話で「オレだよ,オレ」と本名を語らずに,子や孫を思う気持ちを悪用して,金を奪い取る詐欺事件,いわゆる「オレオレ詐欺」が多発しているという.電話の相手が,例えば孫だとわかるための材料は,ほぼ孫の話し方と話している文章しかない.電話口で名前を名乗らなければ,相手の声は意外にわからない.


これは,孫の声がわからないというよりは,孫を声だけではなく,姿などと一緒に覚えているから,声だけではわからないのではないだろうか.姿と一緒になれば,すぐに思い出せる.声だけで相手を判断できるようには,回数が必要なのではないだろうか.こんなところも犯人は悪用している.


残る手がかりは話している文章,ということになる.ここで犯人は,孫の名前を名乗らず,一人称の「オレ」と名乗っている.はじめにこの詐欺を思いついた人は,どうして「オレ」と名乗ったのだろうか.この「オレ」というのは,多くの日本人男性にとって自分を指していう語だ.犯人は無意識に使っていたのかもしれない.男性の孫ならば,たぶん間違ったことを言っていない.うまく引っかかってくれれば,孫だと思い込んでもらえる.


さて,「オレ=俺」をいくつかの辞書で調べると,一人称であることは間違いないが,対等または目下に向かって用いる語のようだ.これは同じような一人称の「僕」でも同じ.ただ,「俺」の方が「僕」より乱暴だという.目上の人に話すときには,「俺」「僕」ではなく,「私(わたくし)」を用いるのが正しいという.案外犯人は,自分の率直な思いを伝えているのかもしれない.


とはいえ,目上だからといって,いきなり電話口で「私(わたくし)」と名乗ればいいかというと,これも疑わしい.知っているはずの孫がいつも目上に「私(わたくし)」と名乗っているかどうかというと,これはまた別の話.もともとの意味と,広く使われている意味とは別になっている.


しかも,乱暴な「オレ」が普通になった今,「私(わたくし)」はより改まった,特異な印象を与えてしまうようになっている.そもそも実際の会話も,普段あまり話していない孫から,何か事件に巻き込まれたりして,お金をくれというのだから,特異なことだ.


となると問題は,特異づくしのことを電話でできるか,ということになる.電話で相談ならともかく,金銭がともなう孫の一大事.それだけにできれば,電話ではわからないことがはっきりするように,孫の側から参るべきだろう.電話一本でお金がもらえるというのでは,気軽過ぎるだろう.


電話やメールが普及した今だからこそ,直接面と向かうことの価値が高まる.顔を合わせば,特異なものの意味がきちんとわかる.オレオレメールでは,ほとんど誰も引っかからない事を犯人だってわかっている.だからこそ,声でわかってしまうかもしれないリスクを犯しながらも電話を使っている.メールより電話,電話より対面.そろそろその使い道を考える時期が来ているのではないだろうか.