どっとこうMOTTO

電子書籍『After』(全2巻),BookLive!(http://booklive.jp/product/index/title_id/116980/vol_no/001),紀伊國屋書店(https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-EK-0012917)などで好評発売中。

【800字】もう一人いた明け方

 とにかくイライラしている.果たしてそうなのだろうか.何がなんだかよくわからなかった.こんな時は,ビルの屋上でゆっくりするに限る.風が少しだけある暑いが静かな夜だ.肩を上げてため息をつくが,そんなことでは気分は晴れない.

 よくテレビで見るように,屋上から叫んでみたいと思うものの,隣の住人が出てきたら大変だからそれもできない.空を見上げると,満天ではないけれど,星がいくつか見える.星座なんかほとんどわからないけれど,星が見えるのは悪い気はしない.

 風が吹く.気持ちがいい.お気に入りの,思い出のあの曲を口ずさむ.少し歩いてみる.また空を見る.何に怒っていたのかよくわからなくなってきた.空に文句を言っても始まらない.

 階段を上がって来る音がした.ゆっくりと,それでいて確実な音だ.隣に住んでいる人だ.頼りない落下防止の柵に両手をついて,こちらを見る.
「あなたもここに来ていたんだ.」
軽く頷くと,徐々に赤んできた空へ顔を移す.
「こうでもしなきゃいけない日ばかりだ.キミもでしょ?」
また頷く.お互い何を言うでもなく,少しずつ変わっていく星たちを眺めている.そして深呼吸をしてみる.もう一度してみる.隣の人の息が聞こえる.こんな音がなぜかいいと感じた.

 そんな時間にも飽きがきはじめたころだろうか.また,話しかけられた.
「明け方に見る空はいい.落ち着かせてくれるし,励ましてもくれる.地球は星に,
太陽に包まれているんだよ.叫ばなくたって,こうしているだけで,それでいいんだ
よ.」
なんでそうなるのかもわからなかったけど,妙に納得できるような気がする.
「願いをかければ,叶うかもしれない.叶わなければ,またここに来る.何度でも.今日はここに来てよかった.それではまた.」
隣の人はそれだけを言い残すと軽快な足音で階段を下りていった.前の道を通る車のエンジン音が聞こえた.ちいさな笑いがこみ上げてきた.