どっとこうMOTTO

電子書籍『After』(全2巻),BookLive!(http://booklive.jp/product/index/title_id/116980/vol_no/001),紀伊國屋書店(https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-EK-0012917)などで好評発売中。

男女平等を考えるべき意外なポイント

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最近,でもないけど,男女平等(便宜的にこう言っているだけで別に女男平等でも良いと思う)の話を見たり聞いたりすることがあるんだけど,ちょっとした違和感がある。

と言っても,男女平等に反対しているわけではない。むしろ,個人的には男女平等を推し進めてほしいと思っている。そして,女性はとても優秀。同じ条件であれば,男性よりも女性の方が上位のような気がする。僕の後輩が女性だったけど,彼女もご多分に漏れず。彼女に負けないようにするにはどうすればよいか考えていたものだ。男性よりも女性の方が人数が多い年もあったりする。そしてそれでも不都合なことはあまり起きていない。

押し出される男性はどこに行けばよいのか?

さて,その違和感の正体とはなんだろうかと言うと,ずばり言ってしまえば,「押し出される男性はどこに行けばよいのか?」について論じられていないことである*1

女性の比率が上がるということは,裏返せば男性の比率が下がるということだ。もっと言えば,全体のパイが変わらない限りは,女性の人数が増え,男性の人数が下がるということでもある。その下がる男性の人数はどこに行くのだろうか?

政治家のように,都度選挙で総入れ替えがあるようなものであれば,女性の政治家希望者を集められればそれで済む話なのだろう。しかし,そればっかりでもない。

女性と入れ替わりに専業主夫になるというのはひとつの案かもしれない。だけど,それが男女平等と言っている多くの論者が望んでいることなのだろうか?そこを考えてあげないと,新規に増える分を除けば,現在の文化上のコンテクストをふまえると,それは恥ずべきことであると考える男性は多く,自ら身を引くことは考えにくい。

あるべき男女比率は?

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真に男女平等を求めるのであれば,答えは,女性の人数が多いところに男性が移動すれば良いということになる。でも,それは世の中一般的に望まれていることなのだろうか。例えば男性の保育士に子どもを預けたいかどうか。男女平等を求めるのであれば,そういうところも変えていかないと流動しない。

こちらも裏返せば女性の比率が高いところもあるわけで,そこには男性を入れなければ,男女格差は縮まらない。あるいはそれを適材適所というような言葉を当てて,ある程度の男女差を認めるというのもひとつの意見ではある。どちらの立場に立つにせよ,男女の比率はどうあるべきか,ある程度細かいところまで考える必要がある。女性を増やすと言っても,人口以上には増やせないわけだから。

新しい時代の「普通」

もっとも,今まで条件を付けていた「働き口が増えない限り」という条件を疑えれば解決できるかもしれない。幸か不幸か,団塊世代の引退と少子化で条件が変わるかもしれない。景気が良くなれば解決できるかもしれない。逆に,女性だろうか男性だろうか,いろいろな面を含めて魅力的な仕事に映らなければ,比率以前に人が集まらなくなってしまう危険性もある。

そしてもっと大切なのは,「文化上のコンテクスト」なのかもしれない。男らしい,女らしい,今までの「普通」の概念から解き放たれれば別に気にすることではなくなるのだろう。

悪玉のように男性を敵視していても,事態はあまり変わらない。むしろ,男性を新しい場所に誘導してあげれば,そこに女性がすっと入っていけるように思えるのだけど,どうだろう?

*1:本論では男女の比率がテーマだけれど,その他,男女別姓といったそれ以外の課題もある