おおきく振りかぶって
この作品にはそもそも期待していなかった*1.
自分の今までの経験上,テーマである野球にあまり良いイメージを持てないでいた.
はっきり言ってしまえば,いい思い出がなかったからだ.
定点観測として,いろんな作品をウォッチして全体の傾向を掴む,
というプロジェクトの一環で見ただけのはずだった.
とはいうものの,不思議なことに,この作品は
なんと外部のあの手この手を使って「私を見て(読んで)!」って,
語りかけてきたのだ.
某友人はこの作品のために雑誌を買っているらしい.
秋葉原や有明*2の広告も見た.
仕事の絡みでチェックしていたブログでも
ウィークリーまぐまぐでも薦められていた.
いつも通っている整骨院にも置いてあった.
しかも,別の患者さんが良いと言っていたのを聞いた,など.
こんなに同時多発的に,
しかも他人に薦められれば見ない(読まない)わけにはいかない.
で,見たら…かなり良かったというわけだ*3.
僕の買った単行本の8巻の帯には「高校時代をやり直したくなる」って書いてあった.
この作品の持つ,比較的淡くて,自然なトーンも手伝ってか,
野球はおろか,運動部でもなかったのに,
どこか,昔を彷彿してしまうところがある.
抽象的でデフォルメされた「何でもできそうな昔」を.
そのまま気持ちいいノスタルジーの中に居てもいいんだけど,
どんなにもがいても高校時代をやり直すことはできない.
でも,この作品は,気づこうとした人には気づける,
意外にしたたかな仕掛けがなされている.
百枝監督だ.
彼女が何歳かは知らないけれど,少なくとも高校生ではないないだろう.
彼女は,ノスタルジーの中にはいない.
昼間は一生懸命に働いて,その金を部活に注ぎ込む.
間違いなく,彼女は「今」を生きている.
そして,改めてこの作品に自分の「今」を重ねてみると,
この作品はいろいろなことを教えてくれる.
アニメ版の1回目を見て思ったこと.
ついつい,やや独特な,主役の三橋君*4に目が行くかと思いきや,
そうではなく,阿部君への怒りだった.
「こいつにはいつか天罰が下るはず」.
だけど,読み進んでいくと,すぐにその反応は間違っていたことが分かった.
阿部君の反応も変わった.僕の考えも変わった.
自分が,はじめの阿部君と同じ反応をしようとしていたことに,
あるとき,ふと,気がついたのだ.
そして,こう対応された相手はいい気はしないだろうとも.
阿部君は,三橋君に尽くすことにした.
解決策は,敵対するのではなく,そういうことなんだろう.
と,書いたものの,この2人は,形こそ違うけれど,
互いに同じ問題を抱えていたのではないかと思う.
原作の言葉を借りれば,
ちゃんとこっちを向いてほしかったんだ*5
それでもなお彼らは野球をやり続けていた.
その根本にあるのは,前述の『ナチュラル』でも言っていた,これだろう.
野球が好きだ
このキャッチフレーズは,有明で見たポスターに書かれていたものだ.*6.
その時,急になんか恥ずかしくなってしまった.
それは結局のところ,彼らの主戦場を自分に置き換えて,
仕事が好きだ
と,堂々と,本気で胸を張って言えていないからなのではないかと思う.
正々堂々発言できる彼ら(作品)はすごい.
どんなにいじめられたり,ダメだと思っても,
ひたすら練習し続けられるというのも,
相手してもらえなくても続けたいと思うのも,
全精力をそこに注ぎ込めるのも,
好きだからこそできることだ.
この作品をひと言で言えば,6巻のカバー裏表紙*7に書いてあったけど,まさに
野球が、こんなにドキドキはらはらするこんなスポーツだったなんて!
ということに尽きると思う.
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*1:逆説的だけど,好評な作品は「そもそも期待していなかった」サプライズな作品が多い.
*2:りんかい線の国際展示場駅からビックサイトに行く途中には,TBS系のアニメ広告が掲示されているゾーンがある
*3:そして,好評な作品は,突然出てきたように見えるが,何かに引き寄せられるかのように,自分とその作品を結ぶ線が見えることが結構ある.それとも,線が見えたから好評になったのか.―どちらにしても,ちょっと神秘的な気がする.
*4:お恥ずかしながら,自分が三橋君に似ている部分があるのではないだろうかと考えることはある.全体的に似ているとは思わないけど,
*5:単行本3巻p93より引用
*6:夏に見たときにはこう書いてあった.春にも見たのだが,その時には「ぼくらの夏が始まる」だったような気がする
*7:この作品のカバー裏表紙をまじまじと見ると露骨なことが書いてあったりして結構恥ずかしい.ところで,最近発売されたの単行本にはカバーを外すと補足説明があるのだが,これがなかなか興味深い.必見.